ダイヤモンドのカットの歴史

ダイヤモンドの神秘性

 

ダイヤモンドが初めて発見されたのは紀元前7世紀頃のインドですが、インドではダイヤモンドは姿形よりも神秘性が重視されていました。

 

人間の手を加えて形を変えてしまうと神秘性が下がってしまうと考えられていたのです。

 

ダイヤモンドの硬さ

 

ダイヤモンドは地球上で最も硬い物質です。

 

硬さとはモース硬度のことであり、こすってもキズがつかないと言う意味で、叩いても割れないという意味ではありません。叩けば正八面体に割れる劈開(へきかい)と言う性質があります。

 

ダイヤモンドはこすりつけてもキズがつかないというこはダイヤモンドを研磨することは不可能なのでしょうか。

 

ダイヤモンドの粉末で研磨する

 

本来ならば同じ硬さ同士のもをぶつけてもキズはつきません。ダイヤモンド同士を擦り合わせても研磨は出来ないはずです。

 

1475年にベルギー北西部の都市ブルッヘのダイヤモンド研磨職人ルドウィグ・ヴァン・ベルケム(Lodewyk van Berquem)がダイヤモンドを研磨する方法を発見しました。

 

実はダイヤモンドの結晶は方向によって硬さに違いがあるのです。より硬い方向と、より軟らかい方向があります。

 

ダイヤモンドの粉末を使用して軟らかい方向から研磨すれば、地球で一番硬いダイヤモンドも研磨することができるのです。

 

人類はダイヤモンドの結晶のどこが一番軟らかいのかを経験から学びました。

 

ダイヤモンドのカットの登場

 

ダイヤモンドのカットとして最初に現れたのは八面体結晶の上側を切り取ったテーブルカット(tablecut)です。その次に登場したのが菱形にカットするロゼンジカット(lpzengecut)です。

 

この時点で小さな切子面(facet)をたくさん付けたカットを施すことが可能になってきました。

 

その次にバラの蕾のドームを持つローズカット(rosecut)ができるようになりました。

 

ブリリアントカットの出現

 

そして、ダイヤモンドの輝きを最大限に引き出すカットが考案されるようになりました。

 

そのために必要なのがダイヤモンドの反射率や屈折率などの光学的性質を研究することです。その結果生まれたのがブリリアントカット(billiant cut)です。

 

最初のブリリアントカットと呼ばれるのはクラウン部の切子面(facet)が17つの研磨面の少ないシンプルなデザインであるマザランカットです。

 

17世紀の末にベネチアの研磨職人ヴィンセント・ペルッツィ(Vicente Peruzzi)がクラウン部の切子面(facet)を33に増やしたデザインを考え出しました。

 

このブリリアントカットはトリプルカットブリリアントまたはペルッツィブリリアントと呼ばれるようになり、18世紀初頭に普及しました。現在はオールドヨーロピアンカットと呼ばれています。

 

その後全体的に丸い形と長いパビリオン部を持つヨーロピアンカットが出来ました。

 

ペルッツィとほぼ同時期にマルセル・トルコフスキー(Marcel Tolkowsky)によってきラウンド・ブリリアントカット(roundbrilliantcut)が開発されています。

 

当時、ブリリアントカットの輝きは他の宝石を圧倒していました。これがダイヤモンドが宝石の王者の地位に就いた理由です。

 

1900年頃にはダイヤモンドカッター(刃先にダイヤモンドを埋め込んだ切削用の刃物)と旋盤の発明はダイヤモンドのカットをさらに進化させました。

 

ラウンド・ブリリアントカットは第二次世界大戦後、変化を遂げました。

 

初期の頃にあった長いキューレットが無くなるか、または僅かな物になったのです。

 

コンピュータの利用

 

オーストラリア出身で京都を拠点にしているブルース・ハーディング氏(Bruce Harding)は1970年に宝石のための数学モデルを開発しました。

 

それ以降はカットのデザインのためにコンピュータを利用するようになりました。


HOME プロフィール お問い合わせ